新聞やテレビが「不景気」だと報道するたびにうんざりします。実際そうだとしても、毎日繰り返して聞いているうちに、必要以上にそういう意識が植え込まれていっている気になりませんか? 景気が悪いなら悪いなりに、そのなかで“じゃあ何ができるのか?”という考え方でいたいですよね。
ちょっと長くなりますが、ある本より引用を。
私が1969年にニューオリンズ大学で教員生活を始めたころ、キャンパスと街全体に悲観主義が蔓延していることに気づいた。「ここにはチャンスがない。コネがなければ何もできない。成功したければ都会に行くことだ。ルイジアナ州のこんな片田舎では成功は望めない」というのだ。私はそれを「ニューオリンズ症候群」と呼んでいたが、今でも市民の意識は変わらない。
私自身それを信じかけていた。そのとき、興味深い現象が起きた。1975年にベトナム戦争が終結すると、多くのベトナム難民がニューオリンズに移住してきたのだ。彼らは少数民族で、ほとんどが無一文だった。アメリカ市民ではなく、実業界にも政界にもコネがなく、ほとんどが英語が話せなかった。深刻なハンディキャップを背負った少数民族とは、彼らのことだ。しかし1980年代前半には彼らの多くが立派な家庭を築き、事業を成功させていた。子供は大学に進学し、多くは優秀な成績で卒業した。経済的成功を収めていた者もいる。チャンスがないはずの「片田舎」で、どうしてこんな現象が起きたのか?
答えは簡単。心の中で思っていたことが現実になったのだ。ベトナム難民は、自分たちが英語のできないハンディキャップを背負った貧しい少数民族だからチャンスがないとは思わなかった。彼らはこう思ったのだ。
「なんてすばらしい国だ! 戦争がないから銃撃戦に巻き込まれる心配はない。家や職場が焼かれるおそれもない。われわれは世界史上、最も豊かな国にやってきたのだ。自由に事業を起こすチャンスは無限にある。これが幸運でなくてなんだろう? 早速、仕事に取りかかって成功を収めよう」
そして彼らは実際に成功を収めた。
from 『THE PERFECT BUSINESS』by MICHAEL LEBOEUF

この本ではこの後に「二人の囚人が監獄の窓から夜空を見上げた。一人は薄汚れた鉄格子を、もう一人は輝く星を見た」というアメリカの格言を引用しています。同じ環境に置かれても、心のあり方ひとつで全く違った結果になるという話でした。